横浜開港資料館

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What's New「ミニ展示コーナー」

2020年度

関東大震災97周年 少年・佐藤謙三の震災体験

【会期】2020(令和2)年9月1日(火)〜12月3日(木)
【会場】横浜開港資料館新館2階 ミニ展示コーナー

日々の出来事をつづった日記は、過去の事象を知る重要な手がかりになります。1923(大正12)年9月、後に国文学者として大成し、國學院大學の学長を務める佐藤謙三は、自宅のある橘樹郡保土ケ谷町(現・横浜市保土ケ谷区)で関東大震災に遭遇しました。当時12歳の謙三は神奈川県立横浜第二中学校(現・翠嵐高等学校)の1年生で、日記や回想にその時の様子を記しています。こうした謙三の記録からは、大きな被害を受けた保土ケ谷町の状況がうかがえます。今回は日記を中心に謙三の震災体験を紹介していきます。

佐藤謙三の日記 大正期 脇屋まり氏蔵
佐藤謙三は自らの震災体験を複数の日記に書き記している。国民書院発行『大正十二年 学生日記』には、地震発生以降の日々の様子が記されているほか、9月、10月、11月、12月の月末にはそれぞれの月の感想があり、復興の様子もうかがえる。また、1923(大正12)年10月10日に記された「震災の思い出」は、地震発生から約1週間の状況を回顧しており、緊迫した状況を現在に伝えている。さらに翌24年の博文館発行『大正十三年 当用日記』、日本女性教育研究会発行『暑中休暇日誌』には、震災1周年の街の様子が記録されている。これらの日記を読み解くことで、1人の少年の震災体験が浮かび上がってくる。
佐藤謙三の日記 大正期 脇屋まり氏蔵

2つの横浜貿易新報社

会期:6月2日(火)〜8月30日(日)
会場:横浜開港資料館新館2階ミニ展示コーナー

桜木町駅から大岡川をのぞんだ対岸に、かつて横浜貿易新報社が建っていました。現在横浜市新市庁舎が建つ一角です。同紙は、今年創刊130年をむかえた『神奈川新聞』につながる新聞の一つで、神奈川県の有力紙でした。

社屋は、1923(大正12)年当時最新の技術である、鉄筋コンクリート・鉄筋ブロック4階建でした。3月の紙面では、落成式と披露招待会の模様を、数日にわたり賑やかに伝えています。横浜貿易商組合の機関紙『横浜貿易新聞』として1890(明治23)年2月に創刊してから、34年目のことでした。しかし、同社の最盛期を象徴する社屋は、わずか半年後に関東大震災で倒壊しました。けれども、同社は9月13日から臨時号を発行し、翌年1月26日に復刊をはたします。1927(昭和2)年には、本町通りに面した旧社屋の場所に社屋を新築するまでに復興しました。

ここでは、震災前後の2つの横浜貿易新報社の資料を紹介します。

図1:1923年の横浜貿易新報社(横浜開港資料館所蔵)
図1:1923年の横浜貿易新報社(横浜開港資料館所蔵)
図2:1927年の横浜貿易新報社(椎野佳宏氏所蔵)
図2:1927年の横浜貿易新報社(椎野佳宏氏所蔵)

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