横浜開港資料館

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What's New「ミニ展示コーナー」

2019年度

ラグビーと幕末・明治の横浜

会期:7月3日(水)〜8月31日(土)
会場:横浜開港資料館新館2階ミニ展示コーナー

来る9月に開幕するラグビーワールドカップ日本大会の決勝戦は横浜でおこなわれますが、横浜とラグビーとのつながりは、幕末までさかのぼることができます。

1866年1月26日(慶応元年12月10日)、横浜外国人居留地の一角(現・中区山下町127番地)で、横浜在住のイギリス人や、当時、横浜に駐屯していたイギリス陸軍の士官たちが中心となり、横浜フットボールクラブ(Yokohama Foot Ball Club)が設立されました。当時のフットボールというスポーツは、ラグビーとサッカーとが未分化のスポーツであり、プレーのようすはわかっていません。

クラブ設立から8年後の1874(明治7)年、ロンドンの雑誌に「横浜でおこなわれたフットボールの試合」というタイトルの絵が掲載されました。描かれたのは、前年の73年12月に横浜公園でおこなわれた試合だと考えられており、クラブのフラッグも見えます。そして、この絵から、今日のラグビーに近い試合だったことがわかります。

図1 「日本の横浜でおこなわれたフットボールの試合」
『ザ・グラフィック』The Graphic 1874 (明治7)年4月18日号掲載 当館蔵
図1 「日本の横浜でおこなわれたフットボールの試合」 『ザ・グラフィック』The Graphic  1874 (明治7)年4月18日号掲載 当館蔵

神奈川開港

会期:5月1日(水)〜6月30日(日)
会場:横浜開港資料館新館2階 ミニ展示コーナー

160年前の安政6年(1859)6月2日、横浜は開港しました。よく知られているように、修好通商条約では「神奈川」の開港が定められており、開港直前の2月段階でもアメリカ総領事ハリスは神奈川宿(現神奈川区)付近を開港場とすることを主張していました。日本側は横浜村に開港場を建設するものの、欧米諸国が開港当初に外国公館(領事館)を置いたのは神奈川でした。今回のミニ展示では、開港前後の「神奈川」のようすをあらわした資料を展示します。

「五ヶ国御貿易場」安政6年(1859)当館蔵
開港前後の開港場の情報を記した摺物。縦に細かく折れ線が入っていることから、実際に扇に貼られて使用されたものと思われる。資料下部の地図には手前(下)に神奈川宿が、中央には横浜の日本人町が描かれる。神奈川宿が大きく描かれるのは、外国人居留地が神奈川に置かれる可能性も考慮したのであろう。右は拡大図。
「五ヶ国御貿易場」安政6年(1859)当館蔵
「五ヶ国御貿易場」拡大図
「五ヶ国御貿易場」拡大図

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