横浜開港資料館

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閲覧室でご覧になれる資料「書家文書」

【や行】

山室宗作家文書

【解説】山室家は橘樹郡六角橋村(現神奈川区)の名主・戸長を務めた家であり、村方文書がよく残っている。宗門改帳などを利用し、先代当主健作氏は、慶應義塾大学の卒業論文として『人口移動を中心とする江戸時代農民社会の研究』を執筆され、没後遺族により公刊された。明治期の戸長役場文書も充実している。町村制以降は、村会議員としての城郷村からの予算決算書、議案などがある。なお、昭和期以降の町内会・衛生組合・婦人会などの諸団体、教育関係などを含む諸文書は、横浜市史編集室によって整理され、目録が作成されているが、全国屈指の資料群でもある。
【原蔵者】山室宗作
【総数】3,642点
【年代】1662(寛文2)年〜1938(昭和13)年
【閲覧】複製本(Ca5-02.4)
【検索】「山室宗作家文書目録」(『横浜市史料所在目録 11』)
【備考】山室健作『人口移動を中心とする江戸時代農民社会の研究』(山室陽子、1986年)、「山室宗作家所蔵資料(その1 )〜(その3)」(横浜市総務局市史編集室編『横浜市史資料所在目録 近・現代』第1 〜第3集、1988〜1991年)

養蚕・蚕種関係資料

【解説】一括購入文書であるが、旧蔵者が特定の個人なのか、複数の出所からの資料の集約なのかは不明であり、実に雑多な文書群である。必ずしも養蚕・蚕種関係ばかりでなく、横浜正金銀行の創立証書や定款、横浜貿易商有志研究会規則、横浜蚕糸外四品取引所売買規定摘要などの横浜関係史料や、蚕業書なども含まれており、目録を参照されたい。
【総数】389点
【年代】1873(明治6)年〜1943(昭和18)年
【閲覧】原資料
【検索】「養蚕関係資料目録」

横浜植木株式会社所蔵文書〔2011.10.6公開〕

【解説】横浜植木株式会社は、明治23(1890)年設立の有限責任横浜植木商会を前身とする。幕末・開港期より欧米で人気のあった日本産のユリや植木の貿易は外国商館が独占していたが、その利益を取りもどすべく横浜を中心とした植木屋が結集して設立された植物商社である。外国産植物の輸入もおこない、東西の園芸文化の重要な仲介役となった。資料は、「文書」132点・「刊本」5点・「カタログ類」61点・「大判カタログ」25点に区分される。なお一部のカタログ類はカラープリントでも閲覧できる。
【原蔵者】横浜植木株式会社
【総数】223点
【年代】明治21年〜昭和23年
【閲覧】複製本(文書79)
【検索】横浜植木株式会社所蔵文書目録
【備考】横浜植木株式会社編『横浜植木株式会社百年史』(1993年)、同編『横浜植木株式会社70年史年表』(1961年)

横浜海岸教会所蔵資料(寄託)〔2016.2.3公開〕

【解説】改革派の宣教師バラらは、明治元(1868)年、現在横浜海岸教会のある居留地167番地に小さな石の会堂を建て、バラはその地で英語学校を開設した。明治5(1872)年、英語学校の生徒を中心に、11人の日本人により超教派の教会が創設された。現在の横浜海岸教会であり、日本最初のプロテスタント教会である。教会は、関東大震災で被災し、明治8(1875)年に創建された会堂も崩壊した。その際、創設以来の資料の多くは失われており、収蔵資料は震災後の資料がほとんどであるが、明治30年(1897)から38(1905)年までの総会の記録など、少ないながら大震災以前の資料も含まれている。また昭和8(1933)年に再建された新会堂の設計図面や、明治初頭に刊行された聖書や教書、写真などがある。
【寄託者】横浜海岸教会
【総数】486点
【年代】明治期〜昭和期
【閲覧】原資料
【検索】「横浜海岸教会所蔵資料目録」
【備考】 『横浜・長崎教会建築史紀行 祈りの空間をたずねて』(横浜都市発展記念館、2004年)、石崎康子「横浜海岸教会所蔵資料の公開にあたって」・「横浜海岸教会所蔵資料から 初代牧師、稲垣信関係資料」(『ひろば』131号)

横浜遊廓関係文書〔2013.11.14公開〕

【解説】港崎町からはじまる横浜遊廓の歴史は、多くの戯曲や小説などにとりあげられているが、具体的な文書は乏しい。本文書が、当館に伝わった経緯は不明であるが、従来「館蔵諸文書」として公開していた数点の遊廓関係文書も、当該文書に含めた。
【総数】32点
【年代】慶応3年〜大正2年
【閲覧】原資料
【検索】横浜遊廓関係文書目録

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