フリーマン―日本最初の営業写真家―
玉川の師フリーマン(FREEMAN, Orrin E.)については、ロジャース(ROGERS,
George William)というイギリス人貿易商の回顧談によって、雑貨商フリーマンと同一人物であることが判明した。サイド・ビジネスとして、すでに万延元年(1860)中には写真館を営業していたと考えられる(斎藤多喜夫「ロジャースの回顧談」、『開港のひろば』23号〈1988年5月〉所収)。
平成2年、朝日新聞社の後藤和雄氏によって、フリーマンの撮影になる出島松造の肖像写真(写真4)が紹介された。出島は万延元年末アメリカに密出国しているので、その直前に横浜で撮影したとすれば、撮影者はフリーマン以外に考えられないのである。しかし、じつはそれより前の昭和62年、樋口雄彦氏によって、フリーマンが万延元年6月15日に撮影したという添書のある大築尚志(たかゆき)の肖像写真(写真1)が紹介されていた(「大築尚志略伝」、『沼津市博物館紀要』11号所収)。ご子孫によって沼津市明治史料館に寄贈されたものである。
幻のような存在だったフリーマンだが、ようやくその実像とともに、作品も世に知られるようになった。その作品を見ると、雑貨商の余技とは思えない出来映えである。
写真4
フリーマン「出島松造像」 万延元年(1860)末。
個人蔵
写真1
フリーマン「大築尚志像」 万延元年(1860)6月。
沼津市明治資料館蔵
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