失われた「設楽文庫」
設楽己友氏旧蔵の「売仕切」

設楽己知は、戦前の有力生糸商原合名会社の社員であり、生糸貿易関係資料のコレクターであった。設楽の資料は、横浜生糸貿易史の体系的な著作である藤本実也『開港と生糸貿易』(全3巻・1939年刊)や『日本蚕糸業史』第1巻(1935年刊)の「生糸貿易史」(藤本稿)の挿絵写真などで利用されているが、この設楽文庫は設楽自身が作成した目録の存否が不詳であることと、「設楽文庫」の押印などの痕跡が、かならずしも資料上に残っていないこともあって、今日では復元ができない。
『開港と生糸貿易』中巻639頁に掲載されている、横浜の生糸売込商石川屋が、外国商館への生糸売却の内容を甲州の近江屋(風間)伊七に対して報告した「売仕切」(安政6年12月8日)は、生糸貿易開始直後の資料として、当館編『資料が語る横浜の百年』(1991年刊)でも紹介された貴重な文書であるが、「設楽文庫」を証明するものは、『開港と生糸貿易』の挿絵写真だけである。館蔵諸文書には、その他風間伊七・風間製糸関係の資料があるが、それが設楽コレクションであるかは今日確かめられない。他方「生糸貿易史」135頁の挿絵「荷為替之事」などは、「設楽文庫」と特徴的な押印のある資料であり、コレクションにもれなく押印があったなら、と悔やまれる。
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