横浜開港資料館

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館報「開港のひろば」バックナンバー

「開港のひろば」第104号
2009(平成21)年4月22日発行

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資料よもやま話2
子安清水屋のトマト・ソース製造

幕末の開港とともに、横浜には西洋料理が伝わった。料理には欠かせない西洋野菜と調味料。その栽培と製造に、子安村の人びとは果敢に挑んだ。昨年新たに存在が確認された四枚の写真とともに、その歴史を紹介したい。

■子安村の西洋野菜

東海道に面した子安村は、神奈川宿の隣村で、開港にともなう新しい人・もの・情報が行きかう場所であった。開港した安政6年(1859)の段階で、すでに子安村の茅野屋勘右衛門が味噌や醤油をあきなう店を横浜町に開いていた。開港場の動きはリアルタイムで子安村に伝わっていたにちがいない。

『横浜市史稿(産業編)』によれば、慶応2年(1866)頃、子安村の堤春吉が、開港場で外国船に食料などを納めていた横山屋の倉田政吉から、アメリカの種を取り寄せたのが、西洋野菜栽培のはじまりという。春吉はセロリ、ハナキャベツ、ビート、ラディシュ、玉ねぎなどの種を手に入れ、近所の農家に栽培をすすめた。やがて子安村と生麦村の海岸寄りに、約30坪の西洋野菜の畑ができた。

明治5年(1872)頃には約六百坪ほどに増えたが、新しい野菜の生産はなかなかむずかしく、斉藤秀吉、清水與助、荒井宗友ら子安村の農家は栽培方法の工夫をつづけた。明治10年(1878)頃には栽培農家も増え、作付面積は約1800坪ほどに拡大された。

成功の理由は二つある。一つは土壌。子安・生麦は海浜近くの砂質土壌で、これがアスパラガス、ストロベリー、セロリなどの作物に適していた。もう一つは立地。東京と横浜の中間に位置し、二大消費地への出荷が容易であった。

明治20年頃には、栽培農家は7、80戸にのぼり、西洋野菜の特産地として認められ、県外からも多くの人々が視察に訪れた。明治末にると、鶴見川から神奈川町までの東海道沿いに畑が広がり、栽培戸数120戸、毎戸2000円以上の収入をあげて、黄金時代を迎えた。出荷先は東京が七割、横浜が三割であった。

■清水屋のトマト・ソース製造

栽培農家の一人、清水與助はさらに野菜の加工業をはじめる。初めは少し痛んだトマトからソースをつくったといわれるから、少々難有りで出荷できないトマトや、価格が下落した場合の有効利用として考えたのであろう。つくり方は、横浜の外国人スポーツクラブ、横浜アマチュア・アスレチック協会の料理人、細貝音八から手ほどきを受けた。清水屋の創業年は『横浜社会辞彙』(大正6年刊)によれば、明治29年(1896)8月である。これは国産トマト・ケチャップ第一号とされているカゴメより早い。

大正2年(1913)10月、横浜で勧業共進会が開かれた。優秀な神奈川県産品の育成と輸出貿易の推進を目的とした博覧会である。清水屋のトマト・ケチャップはここで銅賞を受賞する。審査報告書によれば、清水屋の製品は「原料の選択と調理に苦心のあとが見え、近来の優品」と高く評価された。この二年後に清水與助は亡くなり、息子の直吉が二代目を継ぐ。大正10年の『最近横浜市商工案内』には、「蕃茄罎詰製造 子安町2880 清水屋 清水直吉」と記されている。

■トマト・ソースとトマト料理

明治40年(1907)4月30日の『橘樹郡農友会会報』には、「子安村トマト・ソース」の調査報告が載っている。その中でソース製造法が記されているので紹介したい。

まずトマトのがくを取り、大きな桶でよく水洗いして種を搾り取る。これを樽にいれて圧縮したのち、釜にいれて煮ること3から4時間。トマトの皮が縮んだあたりで引上げ、裏ごしにかけてろ過する。これに水をいれて濃度を調整する。その後瓶につめ、直ちに栓をして、瓶ごと大きな桶にいれて沸騰させること3時間、熱湯が自然にさめるのをまって瓶を取り出し、やっと出来上がる。あとはラベルを貼る。

ソース以外では、この頃トマトはどうやって食されていたのだろうか。東京精養軒の講師をつとめた藤井葆光が、大正4年(1915)に著わした『素人に出来る野菜の西洋料理』(大正4年)〔稲生文庫I−218〕に、次のレシピが紹介されている。

○赤茄羹(トマト・スープ)
生または缶詰のトマトをバター、小麦粉、牛乳と水で煮る。

○赤茄脂烹(トマト・フライ)
スライスしたトマトをバターであぶり、塩コショウで味付けして煮る。

○赤茄米国風料理(トマト・アメリカーナ)
トマトの芯をくりぬき、そこにセロリとパイナップルのみじん切りをマヨネーズで味付けたものを詰め、冷やして食す。

○赤茄細脂烹(トマト・フリッター)
トマトを厚く切り、塩コショウで味付けして、小麦粉の衣をつけて揚げる。

○トマト炙麭盛(トマト・トースト)
トマトの皮をむいて薄く切り、バター、卵、塩コショウを加えて攪拌し、パンに載せて食す。 現在でも試してみたい料理である。

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