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館報「開港のひろば」バックナンバー


資料よもやま話1
フランス山から遺構、発掘される


図1 明治29年の完成当初のフランス領事館

画像

 港の見える丘公園に隣接するフランス山公園(山手185・186番)では現在、今年秋の一部オープンをめざして、市緑政局公園部の手で斜面上方地域(186番)を中心に再整備事業がすすめられているが、最近、作業現場から遺構がつぎつぎに発掘された。

 この歴史的地域にふさわしい再整備プラン作成のため、公園部より関係資料の提供を依頼された当館は、マイクロフィルムで収集済みのフランス外交・海軍省文書などを調べていたところ、遺構発掘の知らせを受け、急遽、在外資産関係資料を保管するフランス外務省文書室ナント分館外交史料センターに新たな資料の有無を照会した。事情をご理解くださったフランス側のご好意で、新しい写真資料や文書資料が送られてき、現在、詳細に検討中である。
調査結果は何らかの形で公開する考えでいるが、とりあえず発掘された遺構の一部と明らかになった事実を、急ぎ紹介したい。


幕末明治のフランス山

 フランスはイギリスとともに、生麦事件をはじめとする外国人殺傷事件が相次いだため、文久3年、横浜居留地の自国民保護のために軍隊の駐屯を決定し、フランス軍はこの地域に兵舎を構えた。フランス山とよばれるようになった始まりである。

 明治8年、英仏両軍が同時撤退すると、この地域はフランス外務省管轄地となり、明治27年にフランス人建築家、サルダの設計施工で谷戸橋際に領事館新築工事が開始され、約2カ年を費やして、29年に「極東一のすばらしい名建築のひとつ」(フランス領事から本省あて報告書)が完成した(図1)。同年末、遅れて領事公邸がフランス山上方に完成したが、大正12年の関東大震災でともに倒壊した。

  領事公邸跡地からは、今回、ジェラール瓦なども掘り出されている。

「開港のひろば」第80号
2003(平成15)年4月23日発行

企画展
ある明治人の半生涯
−『佐久間権蔵日記』にみる地方名望家と地域の歴史−
「佐久間権蔵の半生涯」
展示余話
−石井光太郎氏の旧蔵資料から−「新編武蔵風土記 久良岐郡本牧領 清書校合本」
資料よもやま話1
フランス山から遺構、発掘される

幕末明治のフランス山
遺構(1)煉瓦造の井戸と井戸水汲み揚げ用風車の基礎4基
遺構(2)昭和のフランス領事官邸
資料よもやま話2
フランク・W・チニーの冒険
−開港当初の日米貿易−
新聞所蔵状況をインターネットで公開
資料館ニュース
資料館だより

*©Centre des archives diplomatiques de Nantes





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最終更新日2006年8月20日  Last updated on Aug 20, 2006.
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