横浜開港資料館

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館報「開港のひろば」バックナンバー

「開港のひろば」第144号
2019(平成31)年4月27日発行

表紙画像

展示余話
鉄道を題材とする浮世絵

一 三代広重「横浜往返蒸気車全図」

まず、三代広重によって描かれた「横浜往返蒸気車全図」(図版1)をみてみよう。この浮世絵は、明治5年(1872)1月に刊行されたもので、版元は東京下谷仲町通の上州屋金蔵。新橋駅と横浜駅(現在の桜木町駅)を結ぶ日本最初の鉄道を主要な題材とする。ただし、鉄道の正式開業は先述したように同年9月12日なので、それ以前に描かれた想像図ということになる。そのため汽車や客車の構造と外見については実際のものと異なる部分もある。

図版1 横浜往返蒸気車全図
三代広重 明治5年(1872) 当館所蔵
図版1 横浜往返蒸気車全図 三代広重 明治5年(1872) 当館所蔵

構図は、下段の海側から上段の内陸側をのぞむものである。画面左側が横浜駅方向、右側が神奈川駅(現在は廃止)・新橋駅方向となる。したがって、左→右への進行は、東京方面へ向う「上り」ということになる。画面中央を左右に広がる蒸気車と線路は、横に長い大錦竪三枚一組の構成を巧みに利用するとともに、「横浜往返蒸気車全図」という表題に対応している。

画面下方の海側には、手前から石垣によって構築された鉄道と道路が通っている。ともに海の中に築造されたもの。鉄道と道路越しには、平らな水田と近傍の丘陵、その奥には遠方の山々が高くそびえ、雪に覆われている富士山が望める。中央よりやや左の赤い短冊の箇所には、図版では判別しがたいが、「此辺平沼新地」の文字が記されている。「平沼新地」は平沼新田を指しており、海の中に築かれたこの場所は開港場横浜から東海道神奈川宿へ至る範囲ということになる。

鉄道の奥側にみえる道路は、鉄道開通に先駆けて造成されたもの。開港場→横浜道→東海道→神奈川宿というそれ以前の経路では、途中の野毛や神奈川宿台町に急な坂があり、馬車や人力車の通行には不便であった。このため、沖合を埋め立てて傾斜がなく、かつ距離を短縮できるこの道筋が造成された。この道路の左端には人力車が、右端には馬車が、それぞれ描写されている。ともに開港後、近代化に伴って急速に広がった移動手段である。また、徒歩の人や馬に乗っている人は描かれているが、江戸時代において徒歩ではない移動手段として、最もポピュラーであった駕籠は描かれていない。

道路を進む人力車や馬車を後景に置き、最新の近代化の象徴である汽車を前面に配置する構図と、駕籠を描かないという描写対象の選択は意図的なものと思われる。

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