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館報「開港のひろば」バックナンバー

「開港のひろば」第99号
2008(平成20)年1月30日発行

表紙画像
企画展
ハマの謎とき−地図でさぐる横浜150年
企画展
二つの謎をさぐる
−開港場建設と居留地整備に関わるエピソード−
展示余話
『実業之横浜』社主石渡道助のこと
新収資料コーナー(7)
ビッドルの名前入り軍扇の発見
資料館だより

新収資料紹介
「ファー・イースト」1巻


  当館では、古文書(こもんじょ)以外にも、浮世絵や商標・絵葉書・写真など多種多様な資料を収集し、展示や出版に活用してきた。それらの資料のなかでも、写真資料は、最も活用される資料のひとつである。たとえば、幕末に日本を訪れたイギリス人写真家F・ベアトが残した日本各地の風景写真や風俗写真があげられる。ベアト撮影の「生麦事件の現場」などは、多くの方が出版物や映像で目にされているであろう。

  ベアトの写真、明治期の着色写真と並んで、活用の機会の多い資料に「ファー・イースト」がある。当館では、今まで2巻から5巻までがひと通り揃った原本(2巻1号〜5巻6号)と、2巻から6巻6号まで一部欠号のあるドン・ブラウン・コレクションの原本(2巻15号〜24号、19号〜24号、3巻1号〜6号、10号〜13号、5巻1号〜6号、6巻1号〜8号)を所蔵していた。この度、長年探し求めていた1巻を入手したので、紹介したい。

  「ファー・イースト」については、『The Far East』復刻版(全7巻 雄松堂 1965〜66年)所収の所三男氏の論考に詳しいが、簡単に概略を述べておきたい。

  「ファー・イースト」は、スコットランド生まれのジャーナリスト、ジョン・レディー・ブラック(John Reddie Black 1827〜1880)が、1870(明治3)年5月30日、横浜で刊行した英字新聞である。

  ブラックは、1861(文久元)年ころオーストラリアから来日し、1867(慶応3)年には自ら、毎夕発行の横浜最初の日刊新聞「ジャパン・ガゼット」を創刊した。「ジャパン・ガゼット」は、1923(大正12)年の関東大震災まで、夕刊紙として存続するが、ブラックは、創刊から数年後の1870(明治3)年にはジャパン・ガゼット社を退社し、「ファー・イースト」の刊行に乗り出した。「ファー・イースト」は、5巻6号(1874年6月刊)まで、ジャパン・ガゼット社が印刷・刊行している。

写真1 「ファー・イースト」2巻4号
(1871年7月17日号)

「ファー・イースト」2巻4号

  「ファー・イースト」は、1870年5月30日に出された創刊号から、1875(明治8)年8月31日に中断するまで、全98号が刊行された。「絵入隔週刊新聞(An Illustrated Fortnightly Newspaper)」(写真1)の名の通り、紙面には、論説や報道記事、紀行文などが掲載され、毎号記事に即した5点から8点の写真が貼付されている。 貼付されている写真は、ガラス湿板から焼き付けられた写真が、直接紙面に貼り付けられており、紙面に印刷されてはいない。貼付された写真は、非常にシャープなもので、さらに貼付された写真についての解説が、“The Illustrations”として、各号に掲載されている。

  「ファー・イースト」の写真に収められた地域は、横浜・東京・大阪・神戸・長崎などの都市部を中心に日本各地に及び、数は少ないが中国やインドなど海外のものも見られる。なかでも刊行当初は、創刊の地横浜を写したものが多い。しかし2巻22号(明治5年3月9日発行)以降になると、編集者ブラックが東京の芝に事務所を移したこともあり、東京を写したものが増加してゆく(参考文献1)。

  創刊以降3巻まで、「ファー・イースト」に写真を提供したのは、オーストリア人の写真家、ミヒャエル・モーザー(Michael Moser 1853〜1912年)であった。しかし1873(明治6)年、モーザーが離日したため、同質の写真の入手が難しくなったのか、「ファー・イースト」の紙面構成は、4巻以降大きく変わる。隔週の刊行が月刊となり、本文中に貼り込まれていた写真が、片面だけに写真を貼った台紙を記事の間に挿入するようになる。そのため、現存する4巻以降の「ファー・イースト」においては、写真の挿入されている位置が一定ではなく、抜けている場合もある。前出の『The Far East』復刻版に収録されている巻末附録、金井圓(かない,まどか)編「『ザ・ファー・イースト』貼付写真総目録及び解説」に示されたページに、必ずしも同じ写真の貼られた台紙が挟まれているわけではない。

写真2 「ファー・イースト」1巻2号(1870年6月13日)
横浜税関の倉庫(The Custom House Sheds, Yokohama)

「ファー・イースト」1巻2号

  「ファー・イースト」全98号には、570点を超える写真が貼付されている。それらは、発行年月日の明確な新聞に掲載されていることから、それぞれの写真が撮影された時期を想定することができる。たとえば、写真1に写っている建物は、現在横浜開港資料館のある地に建つ英国領事館である。この建物は、英国領事館が1866(慶応2)年の大火で焼失したため、場所を移して1869(明治2)年に建てられたといわれている。そしてこのことは、1870(明治3)年5月15日号の「ファー・イースト」1巻2号に掲載されている「横浜税関の倉庫」の写真のなかに、税関倉庫の奥に三本の塔屋が見えることから(写真2)、1869年に竣工されたことが概ね裏付けられる。このように、鮮明な写真が、発行年月日の明確な新聞に掲載されていることで、「ファー・イースト」掲載の写真は、きわめて史料的価値の高いものであるといえる。


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