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館報「開港のひろば」バックナンバー

「開港のひろば」第95号
2007(平成19)年1月31日発行

表紙画像
企画展
開港150周年プレリュード(3)
−川の町・横浜−ミナトを支えた水運
企画展
消えた八つの川
展示余話
嘉永6年2月15日の添田知通
資料よもやま話2
福島県旧梁川町とその周辺地域における『横浜貿易新報』の購読者
新収資料コーナー(3)
同潤会斎籐分分譲住宅関係資料
資料館だより

資料よもやま話1
開拓使官有物払下げに関する黒田清隆の文書
−稲生典太郎の文庫から−

  当館が所蔵する稲生典太郎(いのうてんたろう)文庫の中には、刊本のほかに文書類も多く含まれている。 その一つに小牧昌業(こまきまさなり)文書がある。 小牧昌業(1843〜1923)は、幕末維新から大正期を生きた官僚・漢学者で、開拓使および文部大書記官、黒田清隆内閣書記官長、奈良県・愛媛県知事、枢密院書記官長などを歴任した人物である。小牧昌業文書は38件であるが、その多くは黒田清隆関係のものである。

  ここでは開拓使官有物払下げ事件に関する文書を紹介する。開拓使官有物払下げ事件とは、周知の通り、明治14年に開拓使の廃止を目前にして、開拓使が設置したビール工場や倉庫などの官有物を開拓使の吏員に破格の値段で払下げようとした事件である。払下げは一旦は許可されたが、政府部内および世論の激しい反対を受けた。

  小牧文書の中には、まず(1)「諸工場払下処分の義に付伺」がある。これは、開拓長官黒田清隆が太政大臣三条実美にあてたもので、開拓使官吏である安田定則らに1社をつくらせ、そこへの官有工場等払下げを願い出たものである。その理由として、地理民情に詳しく、開拓使の事業に精通し継続性が保たれること、一方で開拓使の創設時に辺境の地にやってきて労苦を重ねたが、開拓使廃止で官員を減員せねばならない事情も述べている。また安田らは官吏ゆえ資金がないため、特別の計らいで払下げてほしいとしている。

右  (1)「諸工場払下処分の義に付伺」【I 1642-2 】
左  (2)「内願書」【I 1645】

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「諸工場払下処分の義に付伺」と「内願書」

  この文書には明治14年7月とだけで日にちを欠くが、内容は『太政官公文録』に掲載されている明治14年7月21日の文書と一字一句同じである。 ただし、『太政官公文録』では文書名が「工場其他払下処分の義に付伺」と改められているので、(1)はその最終段階の原稿と考えられる。

  (2)は(1)に先立ち、安田定則らが黒田にあてた工場払下げの内願書である。 これは安田らの印鑑を欠くのみで、内容は「大隈文書」(早稲田大学図書館所蔵)や「五代友厚関係文書」(国立国会図書館憲政資料室所蔵)と同一であることから、これも最終段階の原稿といえよう。

右  (3)「御説明書」【I 1642-1 】
左  (4)三条実美あて私信【I 1642-1 】

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「御説明書」と三条実美あて私信

  さて、この開拓使官有物払下げが出願された7月から8月にかけて、政府部内や新聞紙上で猛反対の世論が巻き起こった。その理由は官吏への特権的な払下げと、安田らが設立を目論んでいた会社と、北海道の貿易事業展開を目的に設立された五代友厚らによる関西貿易商会とのからみが世論の批判を受けたのである。

  小牧文書中には、ちょうどこの時期に黒田清隆が三条実美にあてた興味深い文書が2通ある。 一つは開拓長官として公式に三条にあてた説明書(3)で、日付は明治14年7月、「一二の疑問を来す者あらんを慮り清隆が其方法を是認したる所以を左に詳陳す」として、安田らへの払下げ是認の正当性、具体的には、収税品の取り扱いを新設の会社に委託する理由や営業資金貸与の件について縷々説明している。

  もう1通は(4)三条実美あての私信で、用箋は開拓使のものではなく、「芝区三田壱丁目三拾七番地黒田蔵」と印刷された私用のもので、日付は明治14年7月29日。安田らへの払下がいかに妥当かを切々と述べている。特に彼らの戊辰戦争、江華島事件などでの功労、開拓使事業への貢献などを強調し、「右四名は今日に至る迄或は死生を共にし或は其の苦を同ふし、誓って国家の為心力を尽すの至情は熟知の事」「決して率爾に彼等の私願を逓申候訳に無之」と訴えている。この文書は国会図書館憲政資料室所蔵三条実美関係文書中には見当たらないが、黒田が三条にあてた手紙の手控えと考えられる。公式な説明書と異なり、黒田の心情がより明らかに読み取れる書簡である。

  こうした働きかけの結果、8月1日には、黒田案の払下げが裁可されるが、自らの腹心に手厚すぎるやり方は世論の大反対にあい、10月12日には払下げが取り消される異例の事態となった。

  これらの文書は稲生典太郎文庫・小牧昌業文書中の「開拓使関係書類」におさめられている。

(伊藤泉美)

  『稲生典太郎文庫目録第1集 和図書・史料・地図』(平成18年3月刊)A4版、558頁、2100円)


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