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館報「開港のひろば」バックナンバー


企画展 ある知日家アメリカ人と昭和の日本
−ドン・ブラウン文庫1万点の世界


日本出版協会創立3周年記念大会で講演を行うブラウン(昭和23年11月9日、明治大学にて)当館蔵[ブラウン文書]


陸奥陽之助氏が撮影した若き日のブラウン 昭和10年頃 陸奥祥子氏蔵

「開港のひろば」第83号
2004(平成16)年2月4日発行

企画展
「ある知日家アメリカ人と昭和の日本
−ドン・ブラウン文庫1万点の世界」から
資料よもやま話
横浜最初の大火事
−1860年1月3日(安政6年12月11日)
展示余話
井関盛艮と明治初年の神奈川県
関連ニュース
横浜地下鉄物語
閲覧室から
新聞万華鏡(14)
新聞と洋紙
資料館だより


 当館が誇る洋書コレクションのひとつに、総数約1万点にのぼる「ドン・ブラウン文庫」があります。書籍および、新聞・雑誌、文書から構成される「ドン・ブラウン・コレクション」中の「書籍」の通称です。このたび、分類目録『ドン・ブラウン・コレクション書籍目録』が完成し、全面的に公開いたします。

 旧蔵者のドン・ブラウン(Donald Beckman Brown 1905-80)は、アメリカのオハイオ州に生まれ、昭和5年、25歳の時に初来日しました。その後、『ジャパン・アドヴァタイザー』紙の記者として約10年間、日本に暮らし、昭和15年に帰国します。戦時中はアメリカ政府の情報機関、戦時情報局(OWI)に所属し、日本軍に投降をよびかける宣伝ビラ作成などにたずさわりました。ブラウンのもつ日本についての豊富な知識が求められたからです。

 戦後すぐの昭和20年12月1日、連合国総司令部(GHQ)の一員として再来日をはたし、民間情報教育局(CIE)情報課のチーフ(昭和21年7月任命)として占領がおわるまで、新聞・出版、放送、映画・演劇といったメディア全般にわたる占領政策にふかく関わりました。

 ブラウンはまた、民間の日本研究団体である日本アジア協会でも大きな役割をはたしました。同協会は明治5年、横浜で居留外国人らによって設立され、初期会員にはイギリスの外交官で日本学者のアーネスト・サトウや、B・H・チェンバレンらが名を連ねています。昭和22年の活動再開時、ブラウンは理事のひとりに選ばれ、以後34年間、実質的な紀要編集長として同協会の活動を支えました。

 「ドン・ブラウン文庫」は、このようなブラウンの半世紀にわたる日本との長く密接な関わりの中で形成されたものです。今回の展示ではさまざまな分野にわたる同文庫の全容を紹介することはできませんが、多彩な文庫の一端を、ブラウンの足跡をたどりながらコレクション中の新聞・雑誌、文書も用いて紹介いたします。 

なお今回の展示を企画するにあたり、当館がブラウン研究を委託している横浜国際関係史研究会の成果に多くを負いました。ここに記して感謝申し上げます。

(中武香奈美)





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最終更新日2006年8月20日  Last updated on Aug 20, 2006.
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