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横浜都市発展記念館展示
みなとみらい線開通記念
横浜地下鉄物語
〜それは路面電車から始まった…
2004(平成16)年2月1日、横浜に新しい地下鉄が開通した。みなとみらい線の横浜―元町・中華街、4.1kmである。同線は横浜で東急東横線と相互直通運転を行うため、渋谷から元町・中華街まで一本の電車で行くことができるようになった。
横浜都市発展記念館ではこれを記念し、横浜開港資料館との共催で表題の企画展示が開催されている(1月24日〜5月9日)。そもそも、みなとみらい線の元町・中華街駅は、その構内の壁面に横浜開港資料館の所蔵する古写真・古絵葉書を敷き詰めた斬新なデザインになっている。これらの原物を展示するとともに、みなとみらい線の開業までのあゆみをたどりながら、新しくできる各駅の周辺の景観変遷を追い、また、路面電車から地下鉄まで横浜の都市鉄道百年の歴史を振り返っている。
ところで、われわれが日常、「地下鉄」と呼んでいる乗り物は、行政の上では「都市高速鉄道」と表記される。「高速」というのは専用のレールを走っているという意味である。そもそも都市内の鉄道は、道路上の併用軌道を走る路面電車からはじまった。
しかし、人口の増加や自動車交通の発達とともにその運行は難しくなり、軌道を道路から分離させ、大型の電車を走らせる必要が生じた。こうして生まれるのが都市高速鉄道である。必ずしも地下を走っているとは限らないが、実際ほとんどの区間が地下であるため、一般的に「地下鉄」と呼ぶようになった。
一方、1920年代に都市の郊外に発達した郊外電車は、乗客を増やすため、都市内に乗り入れることを企てた。その乗り入れ線も多くは都市の地下を走り、広い意味では「地下鉄」の元祖であると言えるだろう。
当企画展示では、そのような観点から郊外電車の都市内乗り入れ線にもスポットをあてた。もっとも横浜の場合、東京横浜(現東急)、京浜(現京急)、湘南(同)の郊外電車各社は、いずれも高架式で乗り入れたため「地下鉄」とは呼べないが、都市内の高速鉄道としても機能し、路面電車(市電)のライバルとなった。
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