横浜開港資料館

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「開港のひろば」第145号
2019(令和元)年7月20日発行

表紙画像

資料よもやま話
前田家資料と日露戦争

紀念絵葉書

日露戦争に際して、逓信省は交戦の実況とそれに関する図画を印刷した「日露戦役紀念絵葉書」を発行した。絵葉書は、国内はもちろん外国人にも戦争の実況を知らせることを目的としたもので、キャプションには日本語と英語を併記している。

このシリーズは、1904(明治37)年9月5日から1906年の第五回まで13組42枚が発行された。発行部数の半数を兵士や軍部に寄贈するとともに、残りの半数は一般に販売された。

第一回戦役紀念絵葉書は、6枚1組約60万組を発行し、12銭で販売された。このシリーズは、絵葉書ブームの火付け役となったといわれる。最終となった第五回戦役紀念絵葉書は、3枚1組20銭と比較的高額だったにもかかわらず、発売日の5月6日には郵便局の前に列ができ、負傷者も出る混乱の中で、たちまち売りきれたという。『貿易新報』(5月8日付)にも、市内の絵葉書屋が連合して人夫百人を雇い、各所で絵葉書を買占めたので、一般市民の手には渡らず、今後は何とか方法を設けないといけない、という投書が載った。

主要なメディアであった新聞には主に絵が用いられており、写真を使いコンパクトな絵葉書は、人気を得たのだろう。

絵葉書のテーマは、「前線」・「看護婦」・「凱旋」であった。このシリーズの膨大な発行部数と広範な配布・頒布先とにより、日露戦争のイメージ形成に大きな影響をもたらしたとされる。

前田家資料には、第二回(1904年12月発行)「各宮妃殿下繃帯御調整」・「我巡洋艦ノ陸上砲撃」、第三回(1905年2月発行)「旅順ノ部」・「遼陽ノ部」・「海軍ノ部」、第四回(同年10月発行)「旅順口ノ部」・「奉天ノ部」、第五回「陸軍凱旋観兵式」・「海軍凱旋観兵式」・「靖国神社・伊勢大廟」と、第四回と第五回の間(1906年4月)に発行された「明治三十七八年戦役陸軍凱旋観兵式紀念」絵葉書などが見られる。

シリーズ前半の兵士が活動する戦場と、後半の凱旋が中心であった。なかには、第二回「各宮妃殿下繃帯御調整」(図2)のように、「各宮妃殿下」が登場人物となり、「看護婦」をテーマに女性が登場する絵葉書がある。銃後の献身のイメージがつくられていったのだろう。また、海軍に関する絵葉書は、背景に桜が多く描かれ、陸軍に関するものには菊が描かれている(図3)。

図2 第二回紀念絵葉書「各宮妃殿下繃帯御調整」
図2 第二回紀念絵葉書「各宮妃殿下繃帯御調整」
図3 第五回紀念絵葉書「陸軍凱旋観兵式」
図3 第五回紀念絵葉書「陸軍凱旋観兵式」

なお、当時新しいメディアであった絵葉書の魅力に惹かれた重太郎は、この後も収集を続けた。横浜に関する絵葉書には、次のものが見られる。まず、「日本赤十字社篤志看護婦人会神奈川県支会横浜分会員繃帯製造之図ほか」(1906年発行)。世界一周航海の際、横浜に寄港し大歓迎を受けた、アメリカ合衆国海軍大西洋艦隊の艦船と提督を描いた「米国艦隊来航紀念絵葉書」(1908年、日本絵葉書倶楽部発行)。そして、大正天皇即位と電話創業25周年を兼ねた加入者招待会の「大典記念横浜電話創業廿五週年加入者招待会絵葉書」(1915年、横浜郵便局発行)などである。

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