横浜開港資料館

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「開港のひろば」第141号
2018(平成30)年7月21日発行

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展示余話
明治初頭横浜の印刷物と活字

『和英対訳書牘類例(わえいたいやくしょとくるいれい) 第1集』

横浜活版社は、『孛仏交兵記(はいふつこうへいき)』(明治4年2月刊)・『金港雑報(きんこうざっぽう)』(明治4年10月から翌5年4月まで全29号)・『神奈川県官員録』明治4年版(明治4年12月刊)・『神奈川県官員録』同5年版(明治5年1月刊)・『毎週新聞』(明治5年正月の第1号から同年8月の第12号)・『邏卒勤方問答(らそつつとめかたもんどう)』明治5年春刊)などを刊行している。ここでは、横浜活版社が明治6年1月に刊行した書籍で、明治5年1月から4月までの外交文書のいくつかを、日本文とその英訳の模範文例を併記した外交事務の参考書『和英対訳書牘類例 第1集』を取りあげる。本書は、本文が四号明朝体活字の漢字・片仮名交じり文と、輸入ものの五号欧文活字で組版されている。使われている活字には、平野富二(ひらの とみじ)の長崎新塾東京出張活版製造所製の四号活字も使われている。また使用されている活字には、特に中国で天子や貴人の名と同一の漢字を用いるとき、はばかってその字画を省く「欠画」(図4)が見られることから、美華書館由来の活字も混植されていることがわかる。

図4 『和英対訳書牘類例 第1集』
何幸五編 神奈川県開版 横浜活版社印刷 明治6(1873)年 当館所蔵 五味文庫
図4 『和英対訳書牘類例 第1集』 何幸五編 神奈川県開版 横浜活版社印刷 明治6(1873)年 当館所蔵 五味文庫
図5 図4の欠画部分
図5 図4の欠画部分

明治初頭の横浜活版社の活字は、美華書館由来の四号・二号活字をもって始められたと思われるが、かつて長崎でともにギャンブルから活版印刷術と活字鋳造術を学んだ平野富二が、長崎新塾東京出張活版製造所を東京に立ち上げ、活字の製造を始めると、平野による活字を入手し、当初所蔵していた活字との混植で、新たな出版物を刊行したことがわかる。

陽其二は、明治6年に横浜活版社を退社し、景諦社(けいていしゃ)を立ち上げた。景諦社は、抄紙会社(せいしがいしゃ)に身売りし、抄紙会社の横浜分社(横浜抄紙分社 よこはませいしぶんしゃ)となる。一方「横浜毎日新聞」を刊行する横浜活版社は、明治6年5月、横浜毎日新聞会社と改名し、明治12年には本社を東京に移転し、紙名を「東京横浜新聞」と改題した。

明治10年代になると、抄紙分社は北米聖書会社、英国聖書会社、北英国聖書会社の依頼を受けて、聖書を大量に印刷する。『新約聖書 馬可伝(まこでん)』(米国聖書会社 1881年 当館蔵)は、横浜抄紙分社が印刷した聖書の一つである。この聖書の印刷に使われた活字を見てみると、平野活版製造所の活字など複数の活字製造所の四号活字を用いて印刷されている。

以上明治初頭に横浜で刊行された印刷物をみてみると、横浜活版社が創設されてから数年は、美華書館由来の活字を使っており、不足した活字は木活字で対応していた。その後長崎新塾東京出張活版製造所が東京に開設され、活字の製造を始めると、従来所蔵していた美華書館経由の活字と、長崎新塾東京出張活版製造所が製造した活字も使い、印刷が行なわれた。10年代になると、複数種の活字を用い混植で印刷された。当館が所蔵する明治期の出版物を見る限り、日本の活字製造所が製造した活字のみを用いて印刷が行なわれるのは、明治20年以降のことになる。混植を脱して、統一された活字で印刷が行なわれるまでには、約20年弱の時間を要したことになる。横浜は東京に近く、長崎新塾東京出張活版製造所などの活字製造所が創設され活字製造が行なわれると、横浜・新橋間の鉄道もあり、その成果を入手しやすかった。それにもかかわらず、日本の活字製造業者の製造した活字のみを用いた印刷物が誕生するまでには、20年近くの年月を要したことになる。活版印刷には多くの活字が必要であり、日本語の印刷に必要な活字を揃えるために多くの時間を要したこと、活版印刷の導入には資本が必要であったことなどが背景にあったためであると思われる。

以上述べてきたように、明治初頭の印刷物に使われている活字の変化を見ることにより、活版印刷普及の歴史を知ることができる。活字と都市の活版印刷史を考える試みは、今始まったばかりである。今後も検討を続けたい。

(石崎康子)

註(2)
ここで紹介した資料に使われている活字については、内田明氏にご教示を得た。また展示では関連講座として「活版印刷と横浜」(全3回)を開催したが、内田氏が講演を担当された第1回講座「活字と活字見本帳が語るもの」(平成30年5月26日)では、横浜で印刷された出版物に使われた活字についても言及された。発表を参考にさせていただいたことを記して、謝意を表します。

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