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新収資料コーナー
開港直後の横浜の港と町の測量図
横浜の近代史を扱う機関としてぜひとも当館で所蔵したい資料のひとつに「神奈川港図」(図1)があったが、今回入手することができた。日本で最初に刊行された日本人の手になる近代的海図である。神奈川港とあるが、横浜港のことである。
図1 「神奈川港図」(全体)
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作成年は、安政6年(1859年)6月。木版墨刷り。大きさは縦60cm×横94cm、折り畳むと縦20cm×横12cmとなる。
測量者は、長崎海軍伝習所(1855年〜59年)でオランダ式測量術を学んだ福岡金吾・松岡磐吉(ばんきち)と、海軍伝習所修了の日本人らが教えた軍艦繰練所(1857年〜65年)出身の西川寸四郎である。習得したオランダ式測量術を用いて日本人が初めて作成した海図である。近代的海図の条件である方位・緯度・水深がきちんと記されている。
さらに左上の囲み内に小さく描かれているのは縮尺一万八千分の一の「横浜町」(図2)である。安政6年6月作成であるから、同月2日に開港したばかりの横浜の測量図であることがわかる。淡い彩色もほどこされている。これまで国内では三井文庫所蔵分が知られていたくらいで、当館で平成14年に開催した企画展示「異国船の来航と海図―欧米の日本測量探査史―」では、これを拝借し出陳した。昨年、大佛次郎記念館でも所蔵していることがわかった。
図2 「横浜町」(図1の部分)
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今回入手した海図は虫食いの補修跡があるものの保存状態は比較的よい。さらにまたオランダ語と思われる鉛筆による書き込みがある。航路や水深の書き込みのようであり、実際の航海で使っていたと考えられる。
比較的状態がいいと言っても、薄れていく線や淡い彩色を保護する処置をほどこす必要がある。その上でなるだけ早く、一般公開の機会をつくるようにしたい。
なお、この海図の確認にあたっては鈴木純子氏(元国立国会図書館)に種々ご教示いただいた。記して感謝申し上げます。
(中武香奈美)