資料よもやま話1
台町の歴史と神奈川二業組合
神奈川区青木町の洲崎大神の境内に大正天皇の即位を記念して建立された石碑がある。石碑は「神奈川二業組合」が大正4年(1915)11月に建てたもので、鳥居を挟んで2つの石碑がある。台座の部分には石碑建立の発起人7名と建立に賛同した34名の店名が記されている。つまり、この石碑は、大正初年に神奈川(江戸時代に神奈川宿と呼ばれた地域)に41軒で組織された「二業組合」があったことを教えてくれる。
(1)洲崎大神境内の石碑

「二業組合」とは芸者を呼ぶことができる料理屋と待合茶屋によって組織され、こうした業種が営業を許された地域を「二業地」(花柳界)と呼んだ。大正初年に神奈川は横浜市域でも有数の「二業地」であり、石碑はその繁栄を現在に伝えている。ところで、石碑の発起人には台町と呼ばれた地域にあった店が何軒も名を連ねている。台町は江戸時代に有名な茶屋が軒を並べた所であり、広重の錦絵にも神奈川宿台町の茶屋を描いたものがいくつかある。つまり、洲崎大神の石碑は大正初年まで江戸時代の伝統が続いていたことを教えてくれるのである。
台町の江戸時代の歴史については広重の錦絵以外にもさまざまな文献がその様子を伝えている。しかし、明治時代以降の台町についてはほとんど知られていない。おそらく、横浜が開港することによって、人びとの関心が宿場から開港場(中区)に移り、近代の宿場町の歴史については語られることが少なかったからであろう。
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